2015年8月31日月曜日

《ドキュメント手工藝》 3.ハサミ職人

「たとえば、こんな鋏を親の形見としてもらった子供は、今のスマートな大量生産品にはない、たいせつな命というものが感じられ、ただ単に、物であるとか、道具だけとのみは考えきれないものがあって、一生座右に置くことになるであろうと思うのである。」(池田三四郎(1977)『金の民芸』文化出版局 86頁)


The Putter from shaun bloodworth on Vimeo.

2015年8月27日木曜日

明治の籠売り

長崎大学附属図書館の「幕末・明治期日本古写真コレクション」にて、当時の籠職人や、籠売りの写真をいくつか見つけることができた。(著作権により掲載はできないので、リンク先で見て下さい。)

職人の方は、見たところまだかなり若そうだ。20歳前後に見える。スッキリした背景と、遊び心のある籠の積み方からして、簡易なスタジオをこしらえて撮影したものと思われる。

行商人の方は、六つ目、四つ目、笊編みの籠や、編みかけの籠が大八車か何かに山積みになっている。店頭に並べるのではなくて、こんな売り方をしてみたいものだ。

八角形をつくる 八つ目編み

私が今のところ習った編み方は、六つ目編みと、その応用(この地方でかえしと呼んでいる編み方)だけ。この編み方だと、六角形(正のもの、長いもの、三角形に近いもの)しか編めない。四角形を編むのは難しい。

四角い籠を作る必要があったので、私にも出来そうな八つ目編みに挑戦した。八角形を作る編み方である。八つ目編みは、信州竹細工(戸隠と須賀川)では行わない編み方なので、本を参照しながら編んだ。先生からお借りした『竹かご編みの技法書』を参考にした。



見よう見まねで、底はなんとかできたが、腰上げ(側面を作る)と縁の処理には参った。難しい。出来上がったものは不格好で全く満足できないが、とりあえず、実用には耐える。一応の完成品は、こちら。




何を隠そう、書道で使う半紙を入れる籠を作りたかったのだった。


2015年8月24日月曜日

《ドキュメント手工藝》 2.高知の和紙・典具帖(てんぐじょう)

「しばしばごく小さな箱舟で、みすぼらしい道具を使いながら細々と紙を漉いている光景に接しますが、出来る品物を見ますと、清くて張りがあって誠に立派な品であります。」(柳宗悦(1985)『手仕事の日本』岩波文庫 187頁)


2015年8月22日土曜日

虫食いだらけの古い竹がカゴに変身(2)

松本の実家に放置されていた竹で、新たにもう一つかごを作った。同じ形だが、一回り大きい物を作った。

加工前の竹

洗い、竹割り、皮剥ぎが終わった状態


前回と同じく、胴部分の横ひごと、縁の巻き竹には、根曲竹を使った。前回は竹ひごの幅が4ミリだったが、これは5ミリにした。4ミリだと、なんとなく線が細くて竹の趣きがあまり出てこないが、5ミリ以上の幅になると、竹の風合いがよく分かっていい。

2015年8月18日火曜日

虫食いだらけの古い竹がカゴに変身

松本の実家に長年放置されていた竹で、細工をしてみた。

自宅の畑で支柱などに使ったニガタケだと思われる。雨の当たらない場所にあったものの、乾燥と虫食いが激しく、しなやかさはかなりなくなっている。使ったのは、直径がどれも太めの5、6センチだった。あまりボロボロになっていないものを選んだ。


竹をノコギリで1.5メートルくらいに適当に切り、土ホコリを拭き取ったあと、ナタで割る。割ってみると、内部は大部分が虫に食い荒らされており、粉が大量に出てきた。


皮を剥ぐ前に、柔らかくするために水に浸けておく。昼飯を食べている間、近所の灌漑に浸けておいた。上の写真は水から上げた直後なので、色が濃くなっている。


剥いだ皮。量が多かったので数時間かかり、くたくたになった。肉の部分は虫に食われていても、皮まではほとんど影響していなかった。しかし虫が入った穴は所々にあるので、気をつけないと、すぐに折れる。


これを先生のご自宅で道具を使い、幅決めをする。写真の竹ひごは幅4ミリに揃えた。これで材料の出来上がり。


出来た竹ひごを六つ目に編み、小さい籠を作った。ただし胴部分の横竹と、縁巻には、根曲竹を使った。竹はやはり数ヶ所で折れたが、よっぽど重いものさえ入れなければ十分実用に耐える。

小さいビニール袋を入れるのに使っている。ホコリをかぶった竹が、しゃれた生活の道具に変身した。

2015年8月17日月曜日

《ドキュメント手工藝》 1.オランダのガラス吹き職人

Bert Haanstraによるショートドキュメンタリー「Glas」(1958)。

「旧市街ハンハーリには、店内いっぱいに積上げならべられている店があった。水差し、注子、皿、鉢の大小。深緑、淡緑、淡青、それに茶色のものなどがあり、値は安い。」(浜田庄司、芹沢銈介、外村吉之介(1972)『世界の民芸』 36頁)