2014年1月21日火曜日

東京駒込、東洋文庫のコレクションを見て

大学の授業(『論語』を扱っている)の一環で、東京駒込の東洋文庫に見学に行った。

結論から言う。知の洗礼を受けた。

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東洋文庫は、東洋学における日本最大、最古の研究図書館だ。世界の五大東洋学研究図書館のひとつだという。ごく最近に建てなおされた端正な建物には、100万冊もの蔵書が収められている。

今回は、東洋文庫の常務理事である斯波義信さんの案内で、貴重なコレクションの数々を拝見することができた。斯波先生は1990年代の10年間、ICUで教えていらした。

斯波先生のお心入れで、一般の来館者は入れない資料室を、心ゆくまで見せていただいた。大気のコントロールされた肌寒い室内に入ると、そこには書架が林立し、おびただしい数の和、漢、洋の書籍を始め、チベット語、モンゴル語などの古い資料、見るからに古い大蔵経などが所狭しと陳列されてた。その光景は、筆舌に尽くしがたい。かつての大学者たちの知の集積を目の当たりにし、興奮した。

触らぬ神に祟りなし。手は触れずに眺めるだけでいたが、なんと、手にとって見てもよいという。その寛大さに感謝感激。若いスタッフの方が、いくつかを取り出して見せて下すった。浮世絵、江戸時代の菓子の模様図集、17世紀のドイツ語聖書、「アヘン戦争図」(歴史の教科書で見たやつ!)、女死刑囚の解剖図(これは閲覧注意)など、見応えのあるものばかりだ。

いつもは美術館でガラス越しにしか見られない、国貞、国芳などの浮世絵を、自ら手にとって目の前で見ることができた。いいのだろうか。これは夢じゃない。有名な絵師だけでなく無名のひとの浮世絵も、昨日刷ったかのような鮮烈な鮮やかさでもって目の前にあった。目の覚めるような色目であった。本当にいいのだろうか。なんという贅沢だろうか。こんなこと書いてバチが当たらないだろうか。

さらにスタッフの方が、希望の資料を言えば、分かる範囲で取り出して見せてくださるという。早速、拓本を、と頼んだら、「方梅厓書帖」という折帖を持ってきてくださった。(拓本ではなく、帛書だったが。)正直「だれ?」って思ったけど。

ともあれ、ものすごいひとときだった。10人くらいの生徒(と先生2人)で押しかけているのに、なんとありがたき雅量でございましょうか、東洋文庫さま。

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東洋文庫に興味を持たれたら、ミュージアムがおすすめだ。ここはお金さえ払えばだれでも見学できる。ミュージアムのモリソン文庫の展示は圧巻である。それだけ見ても、先人の肩がいかに巨大であったかがわかる。

授業で、「知」とは即ちなんぞやという、えらく道徳的な話になったこともあったけど(子曰わく、由、女に之を知ることを誨えんか。之を知るを之を知ると為し、知らざるを知らずと為す。是知るなり(為政第二)とかね)、東洋文庫こそ、知だろう。知の巨人に敬意を払い、その肩に乗ることが知であると私は思っている。

ICU図書館(蔵書70万冊)の空間も、じゅうぶん知の広さと深さを味わえるけれども、東洋文庫のあの慎ましげな建物の中には、知の大海が広がっている。(私も、古めの本を求めては悦に入っているけれども、そんなものは浅瀬に漂う一介のゴミに過ぎないという現実に突き落とされる。)

東洋文庫は、この授業を取らなかったらこの先の人生で果たして行ったかどうか分からなかったけども(専門外だから)、とにかく、私みたいになんとなく感激したかったら、おすすめです。

「このパンケーキ屋がうまい!」、「このカフェがかわいい!」もいいけど、「東洋文庫がスゴい!」だ。

2014年1月10日金曜日

アメリカの方言分布が一目でわかる動画

唐突だが、日本で「標準的」な(アメリカ)英語を習っていると、仕方のないことだけれども、アメリカでは唯一それしか話されていないと思ってしまいがちだ。つまり方言というものに目を向けるひまがない。だから、実際にはアメリカ一国でも様々な方言があり、さらにはその標準英語なるものを話している人がいるのかさえも実はあやしいということが、少し意外に思えるかもしれない。私も、ようやく大学2年のときに西海岸と東海岸とで発音に違いがあると知って、驚いた記憶がある。

外国人の習う日本語が、東京あたりで話される日本語をもとに「規範化された」文法であるように、教育のために作られた学校文法(Teaching Grammar)は、必ずある程度の理想化がなされているものなのだ。そこに方言の入り込む余地はない。

しかし、日本でさえ方言の違いは小さくない。面積にしてその何十倍も大きいアメリカに、方言がないわけがない。さらに、アメリカは移民の国である。歴史、社会的な事情とあいまって、人種による言語差も無視できない。

別に、「生きた英語を学ぼう」とか、「そんな受験英語、ネイティブは使いませんヨ」とかいう大義名分で、方言も勉強しよう、などと言うわけではない。それは物理的に大変だし、学校文法にもそれなりの利点がある。(イギリス英語とアメリカ英語の違い(特に綴り)くらいは少し知っておいたほうがいいかもしれないけど。)

けれども、僕にとって、英語の方言の存在に気付いたのは、結構な発見だった。やはり、方言があることに気づくこと自体、ちょっとした知的興奮ではなかろうか。生徒にとって、それは杓子定規な英語教育の外の、違った世界に眼を開く瞬間だと思っている。僕は大学に入って、何度もそういう経験をさせられた。

要するに、(1)アメリカには様々な方言がある。(2)方言は楽しい。それだけを知っていただきたくてこの記事を書いている。

少し理屈っぽくなってしまったが、ここ最近、3本立て続けに、アメリカの方言の分布に関する良質なビジュアライゼーションを見つけたのだ。1つは、Business Insiderによる地図集。1つはThe New York Timesによる方言診断、そしてもう1つは、下に紹介するThe Atlanticによる動画である。2つまではよい。しかし、優れたエントリーがこう3つ集まると、まとめてしまいたくなるのである。3つ足でようやく椅子が立つように。(ただし、どれも同一の研究を基にしていることが分かったので、すべてを詳しく紹介するのは割愛する。)

この3つの中でも、このThe Atlanticの手がけた動画が特に強力なのだ。まずはご覧ください。


例を挙げると、日本でもカタツムリに対して、マイマイ、デンデンムシなどの方言があるように、アメリカでもダンゴムシはroly polyだったりpill bugだったりdoodle bugだったりする(1:25~)。

もうひとつ、you(複数形)をどう言うかという問題は面白い。各地で、you guys、y'all(<you all)、yous(e)など多岐にわたる(2:56~)。英語は歴史変化の結果、2人称代名詞の単複の区別が消えてしまった。つまり「あなた」はyouだし、「あなたたち」もyouなのだ。「わたし」はIで、「わたしたち」はweなのに。だからこれら方言変種は、再び複数形を復活させようという動きの結果だという見方ができる。yousなどは、単数形youに複数形接辞-sをつけたもので、単純明快である。

短い時期に、このように酷似したエントリーを見つけたので、なんだいまアメリカでは方言が流行っているのかな、と思ったが、どうやら、ケンブリッジ大のBert Vaux教授の研究を、Joshua Katzという大学院生(兼NYTのインターン生)がヒートマップに美しく作り変えたものが、大当たりしたらしい(Atlanticのこちらの記事などを参照)。

ちなみに、これらの資料が良質だと言うのは、学術的に正しいとか画期的だとかを言っているのではもちろんない。学術的事実に基づきながらも、そのデータの表現方法が巧いのである。(方言は地図上に表せるというアドバンテージがある。)ビジュアライゼーションの厳密さに絶対な保証はできないかもしれないが、ツカミはバッチシなのである。

単にキレイなだけじゃない。学校での教材にもってこいだろう。高校の英語の授業はじめ、大学の英語学や社会言語学、地理言語学などで、導入に最適だ。先生方、いかがでしょう。

生徒側としても、高校で下ばっか向いて受験勉強したり、大学で下手な講義を聞いたりするよりは、この動画でもひとつ見てみたほうがよっぽど触発されるんじゃないか。(英語のリーディングやリスニングの勉強にもなるかもね。)

2014年1月1日水曜日

迎春

さっきの初日

明けましておめでとうございます。

友達と8年目の初日の出を見に行った。今までは雲が出ていても運よく途切れてくれて見られていたのだが、今年は雲が厚かった。それでも晴れ間は出てくれて、少し待ったら雲の隙間から20秒ほど顔を出してくれた。

迎春
半紙1/2

2014年は学業に就活に趣味に、忙しい年になりそうです。