書道入門 おすすめの参考書

趣味として書道をする人は少なくない。

書道を学ぼうと思ったら、一般的には、高校や大学の書道部に入るか、もしくは近所の書道教室に通うのが一番手っ取り早い。

けれども、もっと手軽に、独学で書をたしなみたいという人もいると思う。そういうときには、入門書や参考書にあたりながら学習することになるだろう。また、部活動や教室で実践的に学んでいる人も、歴史や理論など、学問的な側面も強化したいという人もいると思う。

そこで、本を探しに書店に出かけたりアマゾンで検索したりするわけだが、ひとつ、最初期に出会った本は、その後の書作に大きく影響することに気をつけて欲しい。質の悪い本にあたってしまえば、間違った知識が身についてしまうし、良い作品も生まれないものである。こんにち、大きめの本屋に行けば、たいてい書道の入門書がいくつか置いてあるが、実は、内容が浅く、書も俗っぽい物が少なくない。

現代は、有名な公募展の審査員レベルの有名書家は滅多に本を書くことがないというのが主な原因だ。せいぜい雑誌記事を投稿する程度である。今の本は、ルックスのいい若手書家か、「美文字」とか「遊書」みたいな新語をこしらえて前面に打ち出すかしないと、本が売れないようなのだ。内容の質は二の次になってしまっている。

というわけで以下では、私のおすすめする、書道入門期の良質な参考書(篆刻に関するものは除く)を3冊紹介する。どれも写真が豊富で、入手しやすいものを選んだ。

全国大学書道学会(編)(2013)『書の古典と理論』光村図書出版


まずは一画一画の引き方から学び直したいと思ったら、本書から入るのがよいであろう。臨書とは何か、筆の持ち方、漢字の歴史等の理論面は、網羅的で大変勉強になり、点画の特徴を書体ごとに詳しく説明してある点も貴重である。何より、中国、日本の有名な古典書跡が精細なカラー写真とともに解説されているのが非常にありがたい。さらに本書のよいところは、複数の専門家による共同執筆であるという点だ。一人の著者によるものだと、どうしても内容がその人の嗜好に偏ってしまう可能性が高い。しかし本書は、大勢のプロの検討の上に編まれているため、標準的かつ広範囲な知識が得られるのである。

松井如流(編)(1958)『條幅・扁額の研究』二玄社


一つ一つの字が書けるようになってきたら、それを作品にまとめたいというのは自然な欲求である。そのとき重宝するのが、この『條幅・扁額の研究』である。漢字の各書体(楷書・行書・草書・隷書・篆書)や仮名の、条幅(掛軸のこと)や扁額(壁上に掲げる額装の作品のこと)の構成方法や、落款の書き方などを参照したいときに役に立つ。これも複数の執筆者によるものだが、その面々が凄い。20世紀を代表する大書道家・篆刻家が30人以上、おのおの1章を担当していて、今見るとお宝みたいな本である。これ1冊で様々な書家の作風を鑑賞できるのも嬉しい。

伏見冲敬(1960)『書の歴史―中国編』二玄社


臨書(古典作品を真似て書くこと)の学習が進むにつれて、他にはどんな古典があるのか、またはある古典がいつ書かれ(建立されて)、どこに現存しているのかを調べたいときには、この本に当たるのがよい。殷代以来の三千年間の書体の変遷、伝達媒体の変遷を通覧したいときにも、本書はうってつけだ。マイナーなものも含めた中国の古典が、短い解説とともに羅列されている。あくまで断片的な情報なので、興味をもった作品は個別に法帖を買うなどして学習を深めるのがいい。2012年には増補版が出て、近年の出土資料も加えられたので、こちらを買うのもよい[1]。ちなみに本書の「日本編」はない。

これら3冊は文字の多い解説書なので、実践、つまり古典の臨書には、各種法帖(手本)を買うことが加えて必要であることも申し述べておく。

もちろん、以上の選定は偏っているかもしれないし、付け加えるべき本もあるだろう。第一、私はまだ大学生なので、知識も経験も少ない。第二に私の意見では、読書による知識、鑑賞による審美眼、そして臨書による経験の3つが書道において最も重要だと思っている。歴史的知識の伴わないアーティスティックな書とか、近年現れたヘタウマな脱力系文字とか、巨大な書とかには興味が無いので、それらに関する情報はよく存じ上げない。第三に、私はおおよそ昭和以前に行われた伝統的な形式に重きをおく方なので、上に挙げた本にも古いものが2冊ある。

だがしかし、知識が豊富でないとはいえ、今まで50冊以上の解説書や辞書を買い、目を通していつでも参照できるようにしてある。図録や字典も含めれば優に2倍になるし、その上に法帖もある。大学以降は独学とはいえ、基本的な知識は全て押さえているつもりである。他にも大学図書館や書店で、めぼしい解説書等はなるべくチェックしている。それに、古い本を選んだとはいえ、どちらも版を多く重ねている。(『書の歴史』だと、私の持っているのは2008年の38版だ。)それだけ長い支持を得てきたということだ。(それ以降はそれらを上回る良書が出ていないという状況の裏返しでもあるのだが。)上のセレクトはそういう点で参考する価値があるだろう。

ピカソのような前衛的な画家でも、その基礎にはデッサンの訓練があった。ピカソは写実的な絵にも大変優れていた。書道にも近道はない。ただやみくもに書くのではなく、確かな学問が伴わなければ書道は完成しないと言える。

[1]装丁にこだわる人なら、ソフトカバーの新訂版よりも、箔打ち・布装・函入りのオリジナル版をおすすめする。

コメント

このブログの人気の投稿

「書道八段」は大した称号じゃない

「55個の母音を持つ言語」というギネス記録は間違いである

「お腹と背中がくっつくぞ」の勘違い