2013年7月31日水曜日

チェンマイ食いまくり歩きまくり記 2日目


19日(金)。

朝ごはん探し

8:15に起きた。シャワーを浴びると、朝ごはんを探しに出かけた。あてはなかったが、そこら辺を歩けば何か売ってると思った。

大通りを渡ってすぐのところ、宿からは3分のところに、屋台がいくつか並んでいるのを見つけた。手前の、おばちゃんがやってるところは、小さいビニール袋に入れて、いろいろ売っている。チャーハンみたいなものと、もやしの和え物みたいなものを買う。10バーツずつで20バーツ(65円)。安い。以後、毎朝のごはんには、ここが行きつけになった。毎朝の朝ごはん選びは楽しかった。

屋台が全然撮れていないが、バイクのおじさんの後ろの屋台が僕のひいき。

ゲストハウスに戻って、お皿にあけて食べる。


うまい。期待を裏切らないうまさだ。チャーハンにはニンジン、もやし、玉子、名前の知らぬ葉物などが入っており、キュウリ(?)とミニ袋入りのナンプラーが添えられている。日本人にちょうどいい薄味。どの具材も自分を主張せず、炒り飯としての調和がある。シンプルなカーオパット(タイ版チャーハン)だ。

右のもやしサラダも、すごくおいしい。ほんとうに美味しい。特に高野豆腐みたいなやつが最高のアクセントだ。そうそう、こういう大衆料理みたいのがいいんだよね。

なるべくバラエティをと、毎朝なるべく違うものを食べるようにしたが、振り返るってみるとこの最初の組み合わせが最高だった。

ぼったくり悔しい

宿にはパソコンがあったのでネットには困らなかったが、10時前後、Facebookメッセージでチェンマイの友達と話していると、「今日近くに買い物に行くから街案内してあげるよ」とのこと。今日会う予定ではなかったが、どうせ予定は立てていなかったので、二つ返事で会うことにした。午後1時に近くのショッピングモールで待ち合わせた。

それまで、また旧市街に歩きに行った。お寺でも見ようかなあと、だいたいの位置を宿で確認して適当に歩いたら、結局目当てのお寺は見られなかった。ジトッと暑くて、途中でかばんを開けて地図を見るのが億劫だったというのは言い訳。本当はただのものぐさ。

歩き始めてすぐ、コンビニで買ったジュース。18B。
甘すぎて飲めたもんじゃない。飲んだけど(数日に分けて)。

旧市街の真ん中くらいで、パイナップルを売っているのを見つけた。私はタイの(日本のもだけど)パイナップルが大好きだ。半個分はあって、30バーツ(100円)。そんなに安くないなと思いながらも、買って食べた。午後に、パイナップルの相場を友達に確かめたら、普通10、高くても20は下らないと言われた。つまり、僕はぼったくられたわけだ。

こういうふうに、外国人はぼったくられることが多い。同じアジアでも、私がタイ人でないことはバレてしまうようだ。私は部外者に思われるのが嫌で、なんとかタイ人になりすませられないかと、事あるごとに考えていたのだが、歩いていて、私はふと気づくことがあった。タイ人って、眼鏡の人がほとんどいない!

そう思ってあたりを見回すと、男も女も、やっぱり眼鏡の人が全然いない。日本に比べたら圧倒的少数派なのだ。タイ人はそんなに目がいいのだろうか。もちろんそういうわけじゃなくて、これも友達いわく、コンタクトが普通なんだとか。そうか、私が眼鏡をかけている限り、現地人になることはできない。タイ人へのハードルは高かった。

旧市街の北東あたりをぶらぶらしたが、特に得るものもなく帰ってきてしまった。待ち合わせの時間が迫っていた。

友だちに会う その1

1時に、宿から徒歩数分のショッピングモールの前で待ち合わせた。2012年の3月以来、1年4か月ぶりの再会だ。

最初そこで買い物をさせてほしいということなので、私はその間書店を見ていた。辞書のコーナー(他のコーナーは全く読めない)を見て、英タイ辞書を買うことにした。小型サイズで75バーツ(250円)。日本じゃこの値段では買えない。

ごはんを食べていなかったので、案内してもらうことにした。やっぱり現地の人のガイドは心強い。とりあえずタイ料理(できたらカレー)が食べたいと言って、連れて行かれたのは、人通りの少ない小道のレストラン。かなりしっかりしたお店だ。

คั่วไก่ ศริญญา(クワ・ガイ・サリンヤー?)というレストラン。

写真はないけど、インテリアがいちいちかわいい。女の子が好きそうだが、男も普通にいる。メニューがタイ語なので、彼女に説明してもらう。おすすめされた鶏肉料理とドリンクを頼んだ。ここに来たらこれ食っとけ、という評判のものらしい。

ก๋วยเตี๋ยวคั่วไก่อบไข่(Chicken Noodle with Egg)
麺など入っていないのだが・・・。65B。

อัญชัญมะนาว(アンチャン・マナーオ)
アンチャンという花からこの色が取られているらしい。マナーオは「レモン」。25B。

世間話をしているうちに、料理が来た。上のはジューーと景気の良い音をさせて運ばれてきた。鶏肉と玉子が炒めてあって、贅沢に半熟卵も乗っかっている。レタスを敷き敷き、ネギぱっぱ。見た目からしてうまそうだが、口にするともっとうまい。

アンチャンレモンも甘くておいしい。これに炭水化物があればもっとよかった。

振り返ってみても、店は冷房が効いていて、椅子もテーブルもきれいで、食器も洒落ていて、なにせドアがある(ほとんどの食堂は屋根の下にテーブルがあるだけなのだ)。料金が高めなだけある。彼女によると、この店はテレビでも高評価だったのだという。堺正章の「チューボーですよ!」みたいなものを勝手に想像した。

アイスクリームの屋台にも寄った。僕の好きなココナッツ味はなくて、バニラ。18B。

4時にお別れ。私はタイ語は少しの単語しか知らなくて、彼女も日本語は少しの単語だけ。タイ語訛りの英語と日本語訛りの英語でのコミュニケーションはいつもうまくはいかなかったけど、いろいろ話せて楽しかった。

3軒屋台

疲れていたのだろう、昼寝をしてしまって、気付いたら8時だった。晩ごはんを食べねば。

いい店ないですか、と、同じドミトリーに泊まっていたけいたさんに聞いてみた。けいたさんは大学院を休学して、自転車で上海から旅をしている(ブログ)。宿から何百メートルか行ったところに、屋台が3軒並んだところがあるらしいと教えてくれた。通称3軒屋台。

教えられた通りに行くと、確かにあった。小さいお店が3軒、身を寄せ合っている。だがどうしよう。注文のしかたがわからない。英語表記もない。外からではどんな料理が出てくるかあまり分からないし、値段も書いていないところがある。

3軒屋台。撮影した日には真ん中はシートを巡らせて休業中。

3軒のうちどれにしようか、行きつ戻りつしても決められない。陰からレストランの中を観察し、客がどのように注文しているかを見ていてもよく分からない。9時を過ぎた。ええい!いじらしい!真ん中に決めた! ここは店先の看板に文字列と値段らしきものが書かれていたから、無言で一番上のを指さしておばちゃんにアピールした。分かってもらえたようだ。何が出てくるかは分からないが。

料金は後払い。注文して椅子に座っていると、なんと、全くの偶然で、宿のオーナーのひろきさんが来た。ここは宿の人の御用達みたいだ。だが安心した。もう心強い。

飲み水はセルフらしい。氷と水を自分でくみに行く。1人だったら分からなかったシステムだ。

一番上の一番安い20バーツのは、ごはんの上にオムレツが乗った、シンプルこの上ない料理だった。写真がなくて申し訳ないが、写真なしでも十分描写できるくらいに質素だ。ひろきさんは、麺料理を食べていた。それに比べて僕のはいやに地味だな。トッピングも無かったはずだ。

でも想像以上においしかった。食堂のテーブルには必ず5種類くらいは調味料が置いてあるので、唐辛子の入ったやつをかけてピリ辛にした。オムレツやごはんにも味が付いていたのか、単なるオムレツのせごはんではないのだ。それ以上のうまさがあるのだ。意外と腹もふくれる。

腹を満たしたところで、あとは寝るまでくつろぐのみ。宿でのおしゃべりは、いつも刺激的だった。

宿は基本清潔だけど、ヤモリは出ます。白っぽいです。
でも虫を食べるので益虫(虫ではないが)なんだとか。

この日は12時半に寝た。

今日の歩数:25342歩

滞在中断トツの多さ。みんなにも驚かれた。そんな歩いた気はしないんだけどなあ。

2013年7月30日火曜日

チェンマイ食いまくり歩きまくり記 1日目

1週間くらい、ひとりタイに旅行していた。北部最大の都市、チェンマイである。

17日の深夜に出て25日の深夜に帰ってきたので、足掛け9日間だが、観光らしきことをしたのは真ん中の7日間である。チェンマイ、食に人に観光に、非常に充実した日々だった。1週間も同じ都市だったから、自分としてはまあまあディープに楽しんだつもりである。書いた日誌をもとに、この記事から7回に分けて、チェンマイ紀行を書いていく。下のロゴは、羽田にてノートの1ページ目に何気なく書いたもの。それでは、はじまりはじまりー!


なぜ、チェンマイか

タイ観光といったらバンコクが一番有名だが、そこを、なぜチェンマイなのか。理由は単純。タイワークキャンプで前に来たことがあって、気に入ったから。現地の友達も何人かいて、タイ料理も大好きになった。大学3年生のせっかくの夏休みに、1年4か月ぶりに友だちに再会したり、また食べ物を食べに行ったりしたくなったというわけだ。(実は行くかどうか、かなり迷って、行きたい気持ちは4月からあったけど、チケットを取ったのは6月下旬。遅いっす。)

荷造り、出国

格安航空会社のAirAsiaを使って、羽田空港からクアラルンプールで乗り換え、チェンマイというルート。羽田は私にはアクセスがしやすくて、助かった。17日の23:55(18日が始まる5分前)の便だから、夜に部屋を出れば間に合う。

しかし、16日まで私はバイトが立て込んでおり、予想以上に忙しくて当日まで荷造りを全くしていなかった。他にも不在者投票に行ったり、書かなきゃいけない書類があったり(めちゃめちゃ面倒臭かった!)と、旅行に関係のない用事もたまっていて、相当焦っていた。もっと早くにやらなかったことを後悔。

それと同時に、心の準備も全くできていなかった。バイトはほぼ1日拘束されて、4日連続だった。だから出発当日に、たった1日で、心をバイトモードからタイ旅行モードへ切り替えなければならなかった。17日の朝の時点では、今日の夜に日本にいないなんてことがまったく実感できなかった。むしろ信じられなかった。例えば、朝起きて、突然「今日タイ行くよ」と言われたようなものなんだから。

他の用事をすべて終わらせ、荷造りを始めたのが、自分でもびっくりの5時半。まあでも、持っていくものは少なかったし、荷造りは十分間に合った。歯ブラシとひげ剃りを忘れたくらい(電車の中で気付いた)。

8時15分くらいに家を出たが、この日は朝から雨。そういえばタイワークキャンプのときも、出発の日は雨だったなあ。

出発の2時間前、10時には空港に着いて、10:40には手続きも全て終えて、待合室に来られた。


AirAsiaは冷房が効きすぎているという耳寄りの情報を友達から聞いていたので、手荷物に羽織れるものを入れていた(毛布はないのだ)が、正解だった。特に出発前後はミストらしきものが出ていて、冷房をビジュアルで主張していた。ちょっと怖いんですけど。けどフライト中は、Tシャツでもいける。

クアラルンプール、そして入国

さて、6、7時間のフライトで、早朝、まだ暗いクアラルンプール空港に着陸した。さあ、ここでの待ち時間が長いのだ。チェンマイ行きが、14:50発なのだ。搭乗手続きが始まるまででも、7時間はある。本は持ってきたものの、全然集中できない。ものすごく暇な時間を過ごさなければならない。以下はノートから。

マレーシア時間(日本-1時間)
6:55 ペンを持つ手のささくれがひどいことに気付いた。
7:20 肌寒い。
10:35 ひま。
12:30 左隣のおじさんから湿布の匂いがする。


思わず「ひま」と書くくらいに、することがない。ぼーっと人を見ていたり仮眠をしたりしていた。寝にくい椅子だったが。

14:10、待ちに待った搭乗手続きが始まった。クアラルンプールって意外に涼しい、と思っていたら、待合室の冷房が強烈なだけだった。外に出たら、いっちょ前に暑い。

緊急事態。乗る飛行機の場所が分からなくなった。何人かの搭乗員や係員に聞いて、14時半くらいになんとか乗れた。ぜんぜん違う方向に歩いていたことが分かった。間違えてインドに行くところだった。遅刻したら飛行機に乗れない。笑い事では済まない。このときが今回の旅行で一番焦った。(だがこれくらいの焦りで済んでよかった。)

飛行機は時間通りに離陸し、時間通り17:30(タイ時間16:30)に着いた。

隣に座ったマレーシア出身のおじさん。「日本出身なの?」と話しかけてきた。

チェンマイに着きました。

チェンマイ初日

懐かしのチェンマイ空港でございます。タイに来たんだという実感が途端に湧いてくる。入国手続、荷物受け取り、両替を済まして、空港タクシーを使う。現地の人との初めてのコミュニケーションである。一律120バーツ(400円弱。以下1バーツ=3.3円)で市街地へ行ってくれる。ちょっと割高だが、安全で車もしっかりしていた。私の宿の場所を伝えると、受付は一瞬戸惑いを見せたが、大丈夫だった。遠かったのだろうか。

私の泊まる宿はSlowHouseという日本人宿。タイ人に言っても誰も知らないらしいので、近くの大きいホテルまで行ってもらった。それにしても車内から見える町並みと車の往来、懐かしい!

近所の大きいホテル「チェンマイオーキッドホテル」

このホテルからは、地図を頼りに歩いた。大通りから小さい道へ曲がると、すぐに見つかった。チェックインし、荷物を置くと、5時45分、早速出かけた。

とにかく歩こうと思っていた。チェンマイで何をするかは、友だちと会って、いろいろ食べたいという以外に何も決めていなかった。正直、お寺とかタイマッサージとか買い物とか、食べ物以外にそこまで興味がなかった。

チェンマイは1辺1.6kmくらいの正方形のお堀があって、その中が旧市街となっている。とりあえずその周りを時計回りに歩くことにした。ひとまず街の距離感覚をつかもうと思った。最初は、一周歩くのは大変だし、日が暮れちゃうと思ったが、北辺を歩ききったあたりで、乗りかかった船だと思って一周を決意した。ミッドナイトウォークの40キロに比べれば全然余裕なのだ。

周りを見ながら歩くと、30分で1辺を歩ける。6時47分に、南東の角まで来た。半分来たということだ。

南東の角。ところどころに城壁が残っている。

南辺を歩いていたら、夕立にあった。スコールだ。余儀なく雨宿り。

そこら辺は屋台が多くて、ちょうど夕飯が食べられないかなあと思っていたので、雨宿りついでにごはんを食べることにした。

雨宿りしたところの前にあった屋台。ここでは食べてない。ここはイスラムの料理っぽい。

イスラム屋台から数十メートル戻ったところ。
30バーツ。名前は忘れた。

英語表記があった屋台で、30バーツの麺料理を頼んだ。7時10分。うまかったが、雨で蒸し暑いときにこれで、汗が出る出る。油っこくて、食べきるのが大変だった。

すっかり暗くなったし、かなり疲れていたので、このあとは早く帰りたい一心で先を急いだ。お堀周りの大通りは3車線で信号もなく、歩行者の横断は難しい。そもそも歩行者はほとんどいない。街灯もないし。

汗と疲労で頭があまり働かなくなってきたが、8時に宿についた。とりあえずホッとする。

夜のチェンマイ

帰ると、ロビーにはオーナーさんと宿泊客が3人いて、ゲームをしていた(スーファミとか)。タイで日本のゲームが出来るなんて! しかも大量にある。昔取った杵柄で、僕もぷよぷよをやったけど、久しぶりで楽しかった。

私がその日会った宿泊客は同じドミトリーに泊まる3人(男)だけだったが、一人好奇心旺盛な人がいて、ゴーゴーバーに行きたいと言い出した。私は知らなかったが、聞くと、要は女の子が水着で踊っている、そういう感じの店だ。一人はタイが長く、すでにそこには行ったことがあって、もう一人は彼と一緒に行くみたいだ。僕も誘われた。

結局、ご一緒した。いや1回は断った。僕そういう感じじゃないんでって。プライベートで私を知っている人なら、そういう店に行ったと言ったらたぶん声を上げて驚くと思うし、私自身行こうと思ったことさえない。

タイに来て、開放感もあったのだろう。タイに来たからには言っておきたいという気持ちも出てきた。そうおすすめもされた。しかも入場料は150バーツ(500円)で、見て帰ってくるだけでいい。いい社会体験になるから、行ってみたい気になってきた。よーし、ここは行ってみるか。

というわけで、9時台だっただろうか、20そこそこの男3人が、夜の街へ繰り出した。

ソンテオと呼ばれる乗合タクシー的なものでお堀の東辺へ。

着きました、「STAR SIX」。僕にはSTAR XIXと読めるのだけど。

おすすめされたゴーゴーバーの場所がよくわからず、おじさんに道を尋ねた際、「good place」と言われた。おじさんも言ったことがあるようだ。どきどき。そして着いた、でかくて派手な看板で「STAR SIX」。ここにたどり着くまでに何回か客引きに声をかけられた。場所を言うと、ロイ・クロー通りというところにある。チェンマイ中心部にあたる。

店内は人が少ない。平日だったからだろうか。それとも他の理由があるのだろうか。

これから先は、書くのが恥ずかしいので、無念だが割愛したい。すでにこの記事が長文になってしまって、疲れたのだ。どうしても詳細を知りたい方は、語ってあげますので、私に直接声をかけてください。

店には12時半まで粘ったが、いい加減飽きて、帰ることにした。

1時半に就寝。疲労がかなりたまっていたと思う。大変な1日だった。今振り返ると、2日分くらいあった気がする。

さあ、やっと1日目が書けた。

※私のケータイに万歩計が付いているので、記事の最後にその日の歩数を書いていきます。(ただしケータイが日本時間なので、タイ時間の夜10時から翌10時までの歩数です。)

今日の歩数(市街地散策を始めてから):11,602歩

チェンマイ滞在中、毎日11,000歩以上歩いた(歩くようにした)。だから記事のタイトルが、「歩きまくり」なわけだ。

2013年7月29日月曜日

根津美術館と国立新美術館

随分前のことになってしまうが、6日(土)に両親が東京に来た。

美術館に行こうかな、と言っていたので、私の提案で根津美術館に行くことになった。特別展「やきものが好き、浮世絵も好き」を見たくて、目をつけていたのだ。そしてそれ以上に、新築したばかりの建物も見たかった。おしゃれスポット、表参道にある美術館だ。


建物も庭も、文句なしに素晴らしい空間であった。

展示も、もちろんとても見応えがあったが、私は実は陶磁器も浮世絵も全然詳しくない。一方、特別展と同時開催の、古代中国の青銅器に、えも言われぬ感動を覚えた。

古代中国の器は、もともと気になる存在だった。惹かれていたのだと思う。それほど意識してきたわけではないが、根津美術館を訪れて、その思いは確かなものになった。余韻が未だに残る。

帰りは原宿駅まで表参道を歩いたが、土曜日とあってか、すごい人だった。そして、ただひたすらにシャレオツであった。見ているだけで楽しかったが、一人でいたら怖気づいていたかもしれない。

そして、ひたすらに蒸し暑かった。熱暑。ちょうど、この日梅雨明けが発表されたのだ。夏の到来であった。

***

時は飛んで、今日29日は、国立新美術館に「アンドレアス・グルスキー展」と、その足で「毎日書道展」を見に行った。


アンドレアス・グルスキーはドイツの写真家。この展覧会まで彼を知らなかったが、ぜひ見たいという衝動に駆られた。

期待を、軽く超えた。抜群に素晴らしかった。ずば抜けて良かった。何がいいって、その巨大で抽象的な画像は圧巻。グルスキーが作品に込めた現代社会に対する思想が、訴えかけてきた。息を呑む。私がいままで見た展覧会(といっても数えるほどしか無いが)で、3本の指に入ると思う、いや、一二を争うほどに素晴らしかった。

ううむ、言葉にすると途端に陳腐だ。いくら言葉をこねくり回しても、なかなか自分の中の感情を描写できない。二階から目薬である。私には自分の感動を的確に表現する言葉の持ち合わせが無い。ご自身の目で確かめていただくしかないだろう。

図録を買ったが(3500円もしたが、買わずにはいられなかった!)、実物には到底、絶対、かなわない。

ついでに、初めて毎日書道展も見たが、グルスキーを見た後で、あまり集中して見られなかった。第一、作品が多すぎである。

2013年7月21日日曜日

参院選、見守ってます

まもなく参院選が始まる。

私は当日に投票できないので、期日前に不在者投票をしたが、あまりに忙しくて投票当日に1時間くらいしか考えられなかった。正しい選択をできた自信がない。

さて、初めてのネット選挙はどうなるのか。果たして投票率は上がるのか。(残念だけど、はっきりとは効果は出ないんじゃないかなあ。)

いま泊まっているところにパソコンがあるので、結果を見守っています。海外から。

2013年7月3日水曜日

「お腹と背中がくっつくぞ」の勘違い

「どうしておなかがへるのかな」という歌(「おなかのへるうた」)があるが、その中の「おなかとせなかがくっつくぞ」という状況を、むかし勘違いしていた。

つまりこういうことだと思っていたのだ。

お見苦しいところ失礼いたしました。

お腹が伸びて背中にくっつくのだと思っていたのだ。おなかがすくと腹が伸びるという道理が分からなかったし、そもそもそんなことありえないのだから、子供心に奇妙な歌詞だと思っていた。それがいかに大変な事態かを感じていただきたく、絵を書いてみたのだが、嬉しいことに、自分の救いようのない絵心の無さを改めて思い知った。無様なものをお見せしてしまって申し訳ない。

しかし、いつだったか、あれはお腹がへこんで腹部がぺちゃんこになる状況を表しているのだと遅まきながら気付き、謎が氷解した。

そんなことを昨日自転車に乗りながらふと思い出したのであった。が、同じ誤解をしていた人は他にもいるに違いないとにらみ、「お腹と背中がくっつく 誤解」で検索してみたら、やはりいた。インターネットはすごい。

こことかこことか。こちらのブログは私と同じく絵付きで書いてくれてあるし、ここではアンケートもしている。どうやら1割程度が勘違いしていたようだ。多くないか?

私の勘違いの他にも、自分のお腹を他人の背中につけると思っていた人もいるようだ。ますます空腹と関係がない。

まあそれはそれでよいとして、「お腹が背中にくっつきそうになるほどへこむ」という、作詞者の想定した状況は、誤解が解けた今でも、いまいち受け入れることができないでいる。というのは、私にとって「おなか」の意味するところはその表面であり、「せなか」もその表面であるからだ。だからどんなにお腹がへこんでも、近づきはしても、絶対に触れることはないのである。腹部がありえないくらいまでに、いやもうヤバいんじゃないか、というくらいにぺらぺらになったとしても、日本語話者の直観としては、それを「くっつく」とは表現するには抵抗がある。

上のアンケートで、1割程度が勘違いしていたということは、私の言語直観が一般にかなり共有されていることの証拠であると思っている。

表面と表面が触れるには、どちらかを伸ばしてもう片方に付けるしかないだろう。ここで子供のイマジネーションである。子供(というか僕の小さいとき)には「こんなこと実際ありえない」という理性の抑制はない。想像力がゴーイングマイウェイした結果、私は長い間勘違いをしていたのであった(適当)。

おまけ:

と、以上は言葉の意味から来る誤解だったが、歌の誤解のつながりで言えば、単語の分解や解釈のしかたから来るものもある。検索していて見つけた、「貴方が子供の頃勘違いしてた言葉」というYahoo!知恵袋の質問が面白くて参考になる。

おそらく有名なのが「巨人の星」の主題歌の「思い込んだら」を「重いコンダラ」と解釈してしまう例だったり、「赤鼻のトナカイ」の「暗い夜道は」を、「暗いよ道は」とトナカイが寂しがっているのだと思い違いしている例だ。言語学では前者が民衆語源(folk etymology)、後者が異分析(metanalysisとかrebracketing)と呼ばれるものである。異分析は俗にぎなた読みとも呼ばれているらしい。「ここではきものをぬいでください」というやつだ。

ちなみに英語で起きた異分析は、言語史に興味があれば思わずへぇ~となる。Wikipedia英語版「rebracketing」の項が参考になる。

さらにさらに、音(音韻論)に関する勘違いということで言えば、空耳(幻聴の方ではなくて、mishearingのこと)がある。これは外国語の歌詞を他の言語の音韻で解釈してしまうことだ。日本語に聞こえる空耳はかなり有名で多いから、説明は不要だろう。逆に日本語の歌詞が英語に空耳して話題になったらしい例は、私の知る限りはっぱ隊の「YATTA!」がある。