2013年4月28日日曜日

そごう美術館に「山口晃展」を見に

おととい金曜日は(授業の関係で)出光美術館に「伊勢絵と源氏絵」を見てきたが、今日は、横浜のそごう美術館に「山口晃展」を見てきた。恥ずかしながら初横浜。というか多分、初神奈川。世間はゴールデンウィークとあって、横浜駅やそごうは一体何なんだというくらい人がごった返していたが、美術館は思ったより混んでいなくてよかった。

遠出だったが、行った甲斐があった。山口晃の実物が見られる。惚れた。見とれた。

山口晃の画集は『山口晃作品集』は持っているが、最近出た大きいのもいつか買いたい。だけど高くていけねえ。

山口晃作品集 [ペーパーバック] / 山口 晃 (著); 東京大学出版会 (刊)

余談:本記事が短いので余談をしたい。右を見ていただくとわかるが、4月28日現在、先週書いたあさひ幼稚園の記事がすでに「人気の投稿」2位に踊り出ている。というもの、この記事へのアクセスが1日1回、1、2時間だけドカンと集中するという不可解な現象が、昨日まで3日間続いたのだ。最も謎なのは、アクセス元がほぼアメリカなこと。どのサイト経由なのかもよく分からない。

2013年4月23日火曜日

ドナルド・キーン先生が国際基督教大学にいらっしゃいました

4月22日、国際基督教大学(ICU)にて、言わずもがな、あのドナルド・キーンさんの講演会があった。

高校生のときに読んだ司馬遼太郎『対訳 二十一世紀に生きる君たちへ』が、キーンさんの監訳だった(「翻訳」ではない)、という程度の経験値不足の私の分際で、図々しくも、覚え書き程度に少しく書かせていただきたい。

そういえばこの講演会の予告、ICUの本館にはポスターが貼ってあって、私もそれで知ることができたのだが、学内サイトには、普通あるはずの予告が全く無かった。ICUの表向きのサイトに、ちょこんとお知らせされていたくらいだ。だから「ICU宣伝下手w」という意見もあったようだが、私は控えめくらいで全く正解だっと思う。なんてったって、あのドナルド・キーンだ。ネット上にまでお知らせを出したら、観客が押し寄せるに決まっている。宣伝する側も、それを分かっていたと私は予想している。

案にたがわず、会場(教室)は部屋の周りを立ち見客が囲むほどの超満員。予定は1時半からだったが、それより1時間近く前にはすでに教室の前に行列が。私が入った20分前には、机はすでに埋まり、立ち見を余儀なくされた。

黒板の前、座っているのがキーン先生。
右に振り向けばもう倍の人がいる

講演会は、ツベタナ・クリステワ、日本文学教授が「尋ね人」として、質疑応答形式だった。以下に、クリステワ先生の質問と、私の微々たる(それゆえバイアスに満ち満ちた)メモをもとに、キーンさんのお答えを極々簡潔に書いておきたい。記憶違いや、至らないところが多々あること必至なので、あくまでご参考までに。

Q まず、上代から現代までの日本文学を語れる唯一の人物、キーンさんにとって、日本文学のエッセンスとは?
A 韻やリズムに乏しい日本の詩歌は、七五調によって散文と詩歌の区別をしてきた。だが、それだけでは弱く、日本の文学には、自然が必ず取り入れられてきた。季語しかり、現在では時候の挨拶しかり、四季の移ろいが、文学の文学たりえる必須要素だった。「四季を何かの言葉で匂わさなければ、詩歌ではないのです。」

Q 今は古典が読まれることはない。果たして古典作品は古くなってしまったのか。なぜ人気が落ちているのか。
A 今の古典の授業で教えているのは、国文学ではなく国文法だ。受験という民主主義の制度にとってはそれは結構だが、それでは日本人は、源氏物語などの古典を味わわない。むしろ、翻訳されて海外で読まれることのほうが多いのではないか。若者は、古典を読むべきだ。「もう小さい革命があっても結構です。」

Q 永井荷風、谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成、志賀直哉など、数々の文学者に会ってきたキーン先生だが。
A <1950年代、キーンさんが京都に留学したときのエピソードなどをお話しになった。>「(当時は日本文学の)黄金時代でした。」

Q 好きな日本の食べ物、場所は。
A 好きなことを聞かれることは少ないです。四国もいい。高松など。中尊寺もよい。観光地化する前の、かつての静謐なる龍安寺で、ひとり座って沈思していたものだ。今は自宅近くの古河庭園、無量寺も気にいっている。

Q 若者におすすめの文学は。
A ピアノでは、いきなり難しいものからやるのではなく、初級の曲から練習し始めてやっと、だんだん腕が上がる。文学においても同じ。読む力を熟させること。源氏物語が原文では難しいなら、現代語訳で読めばいい。大学4年間は貴重だ。「今の時間は非常に大切です」。

Q 日本国籍を取って変わったことはあるか。
A みなさん暖かく歓迎してくれた。「(日本人となった今は、日本の)悪口を言うようになりました。」

最後、観客からの質問の時間があった。出た質問だけ挙げ、ご返答は割愛したい。

Q (留学時代に食べたチキンラーメンの話から)チキンラーメンで新たな日本の味を発見したということか。
Q 日本に住んでいると、日本のよさは分かりにくい。日本のよさとは何か。
Q 日本文学の「黄金時代」というが、それでは現代の文学は死んでしまったのか。例えば村上春樹はどうか。(三鷹市民の方より)
Q 若者の言葉は変わってきている。文学において、それはポジティブに捉えるべきか。(81年卒の方より)
Q <最後にもう一つあったのだが、忘れてしまった。誰かお教えください。>

以上、お話なさったことの寸分も言えていないかもしれない、本当にあっさりした要約だが、なにせ言われたことは書いておかないと忘れてしまうという誠にあっぱれな頭の持ち主の私なので、ご容赦いただきたい。

予定の90分はあっという間に過ぎ、笑いに満ちた講演会は割れんばかりの拍手で閉じた。

2013年4月21日日曜日

4月21日 松本では雪が降りました

今朝8時前、母が写真で伝えてくれた。
3、4年前に桜に雪が降ったときがあったが、それより遅い。
(4月22日追記:県内では1961年の観測史上、最も遅いという。)

参考
中日新聞 Chunichi Web「県内で季節外れの雪 観測史上最も遅く」2013年4月22日閲覧

2013年4月20日土曜日

『世界のことば』・『私の辞書』・『日本の名随筆 言語』

机の上の本を集めてみた(4月9日時点)。

(この記事を書き始めた9日当時は)春休みの暇に飽かせて本のことばかり。というかブログばかり。もっとやらなければいけないこと、あるだろ。

それはさておき、春休みは貸出期間が長くなるのをいいことに、たくさん本を借りてあまり返さずにいたら、机の上に随分溜まってきたので、ちょっと写真撮っとこと思って、あった本を集めて撮った。(買った本も混ざっている。)言語に関するものが多い。もう読んだもの、これから読むもの、飾ってあるだけのものなど、色々。

さて、最近手にとった言語に関する「選集系」を3冊まとめて紹介してしまおう。

朝日ジャーナル編(1991)『世界のことば』朝日新聞社
(写真、平積みの山の一番上)

半年前にAERA MOOKの『外国語学がわかる。』を紹介したが、似たような本が他にもあった。しかも言語の数は一気に増えて110(言語群を含む)。各言語の研究者が、見開き2ページで1言語を解説している。内容は言語学的な説明から筆者個人の体験談まで、統一されていないのもいい。

小林英夫(1973)『私の辞書』丸善
(ICU図書館で禁帯出だった)

こちらは40あまりの言語で、各言語の専門家が、主におすすめの辞書をこれでもかと紹介している。だが古いので、どれだけ役に立つかは未知数。それによっぽどの語学好きじゃないと、ただ辞書だけ並べられてもあまり面白くない。

千野栄一編(1998)『日本の名随筆 別冊93 言語』作品社
言語 (日本の名随筆) [単行本] / 千野 栄一 (編集); 作品社 (刊)

千野栄一氏により編まれたこの選集は、「日本の名随筆」全100巻に続く、「日本の名随筆 別巻」全100巻のうちのひとつ。内容はことばあそびからラテン語まで多岐にわたり、執筆者は谷川俊太郎、柳田國男、河野六郎、風間喜代三、森有正などなど、そうそうたる面々だ。

何年も前にテレビで見てでしか知らなかった、金田一京助のアイヌ語調査の逸話を読めたのはよかった。だが彼のフィールドワークの話に、小説のように引きこまれた余韻に浸るのもつかの間、学者がいかにアイヌ人の侮辱してきたかに関する中川裕氏のエッセイを読ませるあたり、編者のさじ加減の妙か。

別巻も含めこの「日本の名随筆」、全200巻だが、ICU図書館にたった6冊しかないのがとても残念だ。

2013年4月14日日曜日

津波をかぶった巨樹で建てた、南三陸町のあさひ幼稚園

宮城県南三陸町に、あさひ幼稚園というところがある。園舎が津波により流出してしまったのだが、手塚建築研究所が去年7月に新築した。(たぶん)大々的には取り上げられていないので、知らない方も多いと思うが、なんとも風格のある幼稚園なのだ。私は新聞で見て、ギャッという衝撃。

この幼稚園、建物の一部に、なんと樹齢300年の杉の木を使っている。津波をかぶって立ち枯れてしまった杉なのだという。写真を見ると、それはそれは立派な柱だ。突き出たひさしは、神社仏閣の趣である。伝統を感じさせて、またまたカッコイイ。(カッコイイしか言えない自分の語彙の乏しさよ。)うーむ、行ってみたい。ここで存分に走り回れる園児たちよ、羨ましいぞ!

検索すれば見つかる情報をここにコピペするのも無駄なので、ここでは紹介に留める。興味をお持ちになったら、以下も参考にお調べあれ。

参考
読売新聞「津波で全壊した幼稚園舎を設計した建築家夫婦 手塚貴晴さん、由比さん」2012年8月27日付朝刊 2面
日本ユニセフ協会「宮城県南三陸町あさひ幼稚園で上棟式」2013年4月14日閲覧
同「南三陸の命の木で建てられた新園舎 あさひ幼稚園 落成式」2013年4月14日閲覧
手塚建築研究所 2013年4月14日閲覧

2013年4月12日金曜日

千野栄一『外国語上達法』

千野栄一(1986)『外国語上達法』岩波書店

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329) [新書] / 千野 栄一 (著); 岩波書店 (刊)

外国語学習の指南書は数多あるが、ご自身何か国語もものにした言語学者、千野栄一氏の手による本書抜きには語れない。特にセンセーショナルなことが書かれているわけではない。だが、30年近くも前に出された本書がいまなお売れているのは、外国語を学ぶ上で必要なもの、方法、心構えを淡々と、そして簡潔に教えてくれるからだ。結局、語学は当たり前のことをコツコツやるだけなのだ。

まあ、それが難しいのだが。新学期に際して読む。

2013年4月8日月曜日

寿岳文章『書物の世界』

寿岳文章(1973)『書物の世界』出版ニュース社

英文学者で書誌学者である著者が、戦後の書物の姿のみすぼらしいのを憂えて著した書物論。私が読んだのは1973年の改訂版だが、初版は1949年。本もまともに出版できぬ極貧の時代だったのだ。だが本書は、おそらくはこの改訂版も、装幀、組版、字体など、すべて著者の注文という。読みながらときおり立ち止まって本を眺め、著者の工芸としての書物へのこだわりを感じ取ろうと努めた。物としてはもちろん、読み物としても著者の信念がそこここに染み渡っている。言葉が心に響く。しっとりと。書物の世界に、もっと入っていってみたいと思わせる。

本書はムサビの図書館・美術館のスタッフの方が勧めていて、見つけた(RECOMAL #063)。本のあり方を考えさせられる。出版から60年以上経った、今でも。

2013年4月7日日曜日

デイリーポータルZ主催の「フェティッシュ大会」に行く

デイリーポータルZ」というサイトの開催する「フェティッシュ大会」なるものに行ってきた。さっき。そうさっき、つい4時間ほど前まで。

知ってる方も多いかもしれないが、「デイリーポータルZ(DPZ)」とは、ライターさん達がいろいろ面白いことをしているサイトだ。(粗い説明。)何年も前から存在は知っていたが、ほんとにここ1週間あまり前に面白さを再発見した。今の自分の中で話題沸騰。面白いぞ!

で日曜日の今日、「渋谷ヒカリエ」8階にてDPZ主催の「フェティッシュ大会」というイベントが開催された。(初ヒカリエ!)「フェティッシュ」というのはつまり「フェチ」で、ライターさんたちが各々のフェチを渾身のプレゼンでお送りする、まさに物好きのためのイベントだ。

大会は5時から7時だったが、私が「そういえば今日何かイベントあったな」と気付いたのが4時25分。迷ったけど、「行くか」と決心したのが4時40分だったので、ヒカリエに着いたときには、始まって40分くらい経ってしまっていた。残念。

いつもインターネット上で楽しませていただいているライターさんの方々に会えるとあっては、迷う前に、これは行くしかあるめえ。この記事、デイリーポータルZをご存知の人にしか伝わらなくて申し訳ない。

私が着いてからのプレゼンの順番。
4から8の記憶がかなり曖昧なので、間違っているかもしれない。
http://dpz.cocolog-nifty.com/q/2013/04/47-67f2.htmlより。

上の画像は「デイリーポータルZ 制作日記」4月4日の記事のキャプチャで、記憶の限り私が見始めてからの順番を左に記した。今回出場したライターさんは13人だが、私が着いたときは「おっさん」の途中だった。もう3人終わっていたようだ。見られなかった最初の3つは、どれもすごく面白そう。惜しかった。

数字の横の星は、私なりに気に入ったものだ。それぞれの詳しい説明は省くが、世の中には、驚くような物好きが多いんだなと思った。というかDPZにはホントにそういう人ばかりが集まっているのだなと痛感した。例えば、泣ける話をひたすら集めて、エクセルにまでまとめ始める大北さん、まずそうな料理の写真ばかりをツイッターからTumblrへ大量に自動収集している石川さんなど、このイベント、「ちょっとこの収集癖、異様」と思える人たちの話で満載なのだ。

特に、私が「?」を付した藤原さんの「キャベツ」は問題作だ。謎だった。未解読のインダス文字のようにまったく理解不能だった。その場の雰囲気に合わせて笑ってはみたが、私には難解過ぎて内心どう反応すればいいか分からなかった。藤原さんは、キャベツが好きだという。そうなのか。そこまでなら健康的でいいなぁと思うが、その愛が、なんか妙な方向に突き進んでいるのだ。「かっこいいキャベツ ベスト23」と題したプレゼンで、藤原さんは何の変哲も無いキャベツを色々なシチュエーションに置いて、その格好よさを伝えようとするのだ。

キャベツの上にタバコを置いて、「街の美化の協力的なキャベツ」。
分からぬ。意図が分からぬ。

私は困惑する。これはイベントを盛り上げるための冗談なのだろうか? いや、本当に真面目にキャベツを格好いいと思っているのだろうか? もし本人が真面目なら、申し訳ないが藤原さんはどう見ても変態だ。そういう人がいるのか。社会の現実を知った瞬間だ。濁世の波は高い。会場は不思議空間と化した。

会場には6、70人の人がいただろうか。学生らしき人から50代くらいの人が多かった感じだ。男性がやや多かったか。私は1時間以上の立ち見で疲れた。こういうイベントは初めてだったし、ライターさんには遠目ながら会えたし、会場と同じフロアにあるDPZの臨時「コワーキングスペース」も見られたし、満足だ。

2013年4月6日土曜日

沖森卓也『はじめて読む日本語の歴史』

読み始めたのは3週間も前です。

英語という言語の歴史、つまり英語史については、大学の授業を受けてその学ぶところ非常に多く、言語の歴史研究の魅力に大分感化された。それ相応には知識を得たが、英語のことは知っておきながら自分の母語の歴史を知らないでは、とんだ笑い種なので、日本語の歴史の本も少し読もうと思った。

沖森卓也(2010)『はじめて読む日本語の歴史』ベレ出版

はじめて読む日本語の歴史 ―うつりゆく音韻・文字・語彙・文法 [単行本(ソフトカバー)] / 沖森 卓也 (著); ベレ出版 (刊)

母語話者が母語で書いた母語の歴史だから、深さが違う。英語史の入門書(英語)も2冊読んだし、中国語史の入門書(日本語)も1冊読んだことがあるが、どちらも母語でないから、直観がいまいち働かない。内容も浅くなりがちだ。だが母語の日本語ならば、古典語の知識や文化の知識があらかじめかなりあるから、理解度は全く違ってくる。

古典の知識を深めるために高校生とかが日本語史を読むのもいいかもしれない。日本語史の本はたくさんあるから、自分にあったものを選べばいい。本書は最古の日本語資料から現代日本語まで、網羅的に扱うのでおすすめではある(これを、読むのに時間がかかった言い訳にしよう)。それに(言語学者は大抵そうだが)言語変化に中立の立場をとっているのも好印象だ。

本書を読み進めると、古代から現代までにいかに日本語が変わってきたかがよくわかる。もちろん1000年以上日本語を貫いてきた部分もあるけれど。未来の日本語はどのような姿をしているだろう。想像が湧く。

最後に一つ。現代の丁寧語「です」は、江戸時代の「でござります」が、「でござんす」→「であんす」→「でえす」という変化を経て用いられるようになった(本書 p.263-264)。変わりすぎだ。これじゃあ「お願いします」が「おなしゃす」に代わる日も近いな。