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チェンマイ食いまくり歩きまくり記 2日目

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19日(金)。 朝ごはん探し 8:15に起きた。シャワーを浴びると、朝ごはんを探しに出かけた。あてはなかったが、そこら辺を歩けば何か売ってると思った。 大通りを渡ってすぐのところ、宿からは3分のところに、屋台がいくつか並んでいるのを見つけた。手前の、おばちゃんがやってるところは、小さいビニール袋に入れて、いろいろ売っている。チャーハンみたいなものと、もやしの和え物みたいなものを買う。10バーツずつで20バーツ(65円)。安い。以後、毎朝のごはんには、ここが行きつけになった。毎朝の朝ごはん選びは楽しかった。 屋台が全然撮れていないが、バイクのおじさんの後ろの屋台が僕のひいき。 ゲストハウスに戻って、お皿にあけて食べる。 うまい。期待を裏切らないうまさだ。チャーハンにはニンジン、もやし、玉子、名前の知らぬ葉物などが入っており、キュウリ(?)とミニ袋入りのナンプラーが添えられている。日本人にちょうどいい薄味。どの具材も自分を主張せず、炒り飯としての調和がある。シンプルなカーオパット(タイ版チャーハン)だ。 右のもやしサラダも、すごくおいしい。ほんとうに美味しい。特に高野豆腐みたいなやつが最高のアクセントだ。そうそう、こういう大衆料理みたいのがいいんだよね。 なるべくバラエティをと、毎朝なるべく違うものを食べるようにしたが、振り返るってみるとこの最初の組み合わせが最高だった。 ぼったくり悔しい 宿にはパソコンがあったのでネットには困らなかったが、10時前後、Facebookメッセージでチェンマイの友達と話していると、「今日近くに買い物に行くから街案内してあげるよ」とのこと。今日会う予定ではなかったが、どうせ予定は立てていなかったので、二つ返事で会うことにした。午後1時に近くのショッピングモールで待ち合わせた。 それまで、また旧市街に歩きに行った。お寺でも見ようかなあと、だいたいの位置を宿で確認して適当に歩いたら、結局目当てのお寺は見られなかった。ジトッと暑くて、途中でかばんを開けて地図を見るのが億劫だったというのは言い訳。本当はただのものぐさ。 歩き始めてすぐ、コンビニで買ったジュース。18B。 甘すぎて飲めたもんじゃない。飲んだけど(数日に分けて)。 旧市街の真ん中くらいで、パイナップルを

チェンマイ食いまくり歩きまくり記 1日目

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1週間くらい、ひとりタイに旅行していた。北部最大の都市、チェンマイである。 17日の深夜に出て25日の深夜に帰ってきたので、足掛け9日間だが、観光らしきことをしたのは真ん中の7日間である。チェンマイ、食に人に観光に、非常に充実した日々だった。1週間も同じ都市だったから、自分としてはまあまあディープに楽しんだつもりである。書いた日誌をもとに、この記事から7回に分けて、チェンマイ紀行を書いていく。下のロゴは、羽田にてノートの1ページ目に何気なく書いたもの。それでは、はじまりはじまりー! なぜ、チェンマイか タイ観光といったらバンコクが一番有名だが、そこを、なぜチェンマイなのか。理由は単純。 タイワークキャンプ で前に来たことがあって、気に入ったから。現地の友達も何人かいて、タイ料理も大好きになった。大学3年生のせっかくの夏休みに、1年4か月ぶりに友だちに再会したり、また食べ物を食べに行ったりしたくなったというわけだ。(実は行くかどうか、かなり迷って、行きたい気持ちは4月からあったけど、チケットを取ったのは6月下旬。遅いっす。) 荷造り、出国 格安航空会社の AirAsia を使って、羽田空港からクアラルンプールで乗り換え、チェンマイというルート。羽田は私にはアクセスがしやすくて、助かった。17日の23:55(18日が始まる5分前)の便だから、夜に部屋を出れば間に合う。 しかし、16日まで私はバイトが立て込んでおり、予想以上に忙しくて当日まで荷造りを全くしていなかった。他にも不在者投票に行ったり、書かなきゃいけない書類があったり(めちゃめちゃ面倒臭かった!)と、旅行に関係のない用事もたまっていて、相当焦っていた。もっと早くにやらなかったことを後悔。 それと同時に、心の準備も全くできていなかった。バイトはほぼ1日拘束されて、4日連続だった。だから出発当日に、たった1日で、心をバイトモードからタイ旅行モードへ切り替えなければならなかった。17日の朝の時点では、今日の夜に日本にいないなんてことがまったく実感できなかった。むしろ信じられなかった。例えば、朝起きて、突然「今日タイ行くよ」と言われたようなものなんだから。 他の用事をすべて終わらせ、荷造りを始めたのが、自分でもびっくりの5時半。まあでも、持っていくものは少なかったし、荷造りは十分間

根津美術館と国立新美術館

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随分前のことになってしまうが、6日(土)に両親が東京に来た。 美術館に行こうかな、と言っていたので、私の提案で 根津美術館 に行くことになった。特別展「やきものが好き、浮世絵も好き」を見たくて、目をつけていたのだ。そしてそれ以上に、新築したばかりの建物も見たかった。おしゃれスポット、表参道にある美術館だ。 建物も庭も、文句なしに素晴らしい空間であった。 展示も、もちろんとても見応えがあったが、私は実は陶磁器も浮世絵も全然詳しくない。一方、特別展と同時開催の、古代中国の青銅器に、えも言われぬ感動を覚えた。 古代中国の器は、もともと気になる存在だった。惹かれていたのだと思う。それほど意識してきたわけではないが、根津美術館を訪れて、その思いは確かなものになった。余韻が未だに残る。 帰りは原宿駅まで表参道を歩いたが、土曜日とあってか、すごい人だった。そして、ただひたすらにシャレオツであった。見ているだけで楽しかったが、一人でいたら怖気づいていたかもしれない。 そして、ひたすらに蒸し暑かった。熱暑。ちょうど、この日梅雨明けが発表されたのだ。夏の到来であった。 *** 時は飛んで、今日29日は、 国立新美術館 に「アンドレアス・グルスキー展」と、その足で「毎日書道展」を見に行った。 アンドレアス・グルスキーはドイツの写真家。この展覧会まで彼を知らなかったが、ぜひ見たいという衝動に駆られた。 期待を、軽く超えた。抜群に素晴らしかった。ずば抜けて良かった。何がいいって、その巨大で抽象的な画像は圧巻。グルスキーが作品に込めた現代社会に対する思想が、訴えかけてきた。息を呑む。私がいままで見た展覧会(といっても数えるほどしか無いが)で、3本の指に入ると思う、いや、一二を争うほどに素晴らしかった。 ううむ、言葉にすると途端に陳腐だ。いくら言葉をこねくり回しても、なかなか自分の中の感情を描写できない。二階から目薬である。私には自分の感動を的確に表現する言葉の持ち合わせが無い。ご自身の目で確かめていただくしかないだろう。 図録を買ったが(3500円もしたが、買わずにはいられなかった!)、実物には到底、絶対、かなわない。 ついでに、初めて毎日書道展も見たが、グルスキーを見た後で、あまり集中して見られなかった。第一、作品が多すぎである

参院選、見守ってます

まもなく参院選が始まる。 私は当日に投票できないので、期日前に不在者投票をしたが、あまりに忙しくて投票当日に1時間くらいしか考えられなかった。正しい選択をできた自信がない。 さて、初めてのネット選挙はどうなるのか。果たして投票率は上がるのか。(残念だけど、はっきりとは効果は出ないんじゃないかなあ。) いま泊まっているところにパソコンがあるので、結果を見守っています。海外から。

「お腹と背中がくっつくぞ」の勘違い

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「どうしておなかがへるのかな」という歌(「 おなかのへるうた 」)があるが、その中の「おなかとせなかがくっつくぞ」という状況を、むかし勘違いしていた。 つまりこういうことだと思っていたのだ。 お見苦しいところ失礼いたしました。 お腹が伸びて背中にくっつくのだと思っていたのだ。おなかがすくと腹が伸びるという道理が分からなかったし、そもそもそんなことありえないのだから、子供心に奇妙な歌詞だと思っていた。それがいかに大変な事態かを感じていただきたく、絵を書いてみたのだが、嬉しいことに、自分の救いようのない絵心の無さを改めて思い知った。無様なものをお見せしてしまって申し訳ない。 しかし、いつだったか、あれはお腹がへこんで腹部がぺちゃんこになる状況を表しているのだと遅まきながら気付き、謎が氷解した。 そんなことを昨日自転車に乗りながらふと思い出したのであった。が、同じ誤解をしていた人は他にもいるに違いないとにらみ、「お腹と背中がくっつく 誤解」で検索してみたら、やはりいた。インターネットはすごい。 ここ とか ここ とか。 こちら のブログは私と同じく絵付きで書いてくれてあるし、 ここ ではアンケートもしている。どうやら1割程度が勘違いしていたようだ。多くないか? 私の勘違いの他にも、自分のお腹を他人の背中につけると思っていた人もいるようだ。ますます空腹と関係がない。 まあそれはそれでよいとして、「お腹が背中にくっつきそうになるほどへこむ」という、作詞者の想定した状況は、誤解が解けた今でも、いまいち受け入れることができないでいる。というのは、私にとって「おなか」の意味するところはその表面であり、「せなか」もその表面であるからだ。だからどんなにお腹がへこんでも、近づきはしても、絶対に触れることはないのである。腹部がありえないくらいまでに、いやもうヤバいんじゃないか、というくらいにぺらぺらになったとしても、日本語話者の直観としては、それを「くっつく」とは表現するには抵抗がある。 上のアンケートで、1割程度が勘違いしていたということは、私の言語直観が一般にかなり共有されていることの証拠であると思っている。 表面と表面が触れるには、どちらかを伸ばしてもう片方に付けるしかないだろう。ここで子供のイマジネーションである。子供(というか僕の小