2012年11月26日月曜日

追悼:西田龍雄『西夏文字 解読のプロセス』

西田龍雄氏は、言語学者であり、西夏文字研究の泰斗である。去る9月26日、西田氏が83歳で亡くなった(YOMIURI ONLINEニュース)と知ったのは10月半ば。追悼として、没後1か月までに彼の著作を読もうとたくらんだが、本を机に置いたまま延び延びにしてしまい、やっと、おとといと昨日でできた時間を使って、なんとか没後2か月には間に合わせた。『西夏文字 解読のプロセス』。

西田龍雄(1980)『西夏文字 解読のプロセス』玉川大学出版部

西夏文字は、高校の世界史の資料集で一目見て好きになった。複雑な字形が格好よかったのである。文字の一覧と意味、読み方が知りたくて、字典のようなものはないかちょっと探してみたこともあるが、当時の私には全く見つけられなかった。だが大学に入って、西田氏が日本では有名な研究者だと知った。ICU図書館にも彼の著作はいくつかあって、本書は、もともと1967年に刊行されたものの再版だ。

追悼などと格好をつけたが、西田氏の本を読むはこれが初めてである。ただ私の好きな西夏文字の、日本はおろか世界的に有名な研究者とあって、敬意の念を込めたのである。本書の内容は、タイトル通り主に文字の解読のプロセスである。西田氏は西夏文字の音、意味、構造すべての解明において、非常に大きい貢献をしているのだが、その大まかな手順を一般にも分かるように解説している。

本書を読み解きながら、西田氏の本当に綿密で膨大で根気のいる作業には、畏敬の念を抱かずにはいられない。西夏文字の資料は、決して十分ではない。あの見た目難解な数千の未解読文字を、手に入る限りの資料を使って、謎解きのように発音を同定し、意味を特定し、構造を推定する。地道に地道に、大量のノートを取りながら解読を進めたのだろうと想像すると、本書に結晶した汗と労力が、ひしひしと伝わってくる。

西夏研究の金字塔である。

2012年11月23日金曜日

ジョン・マーハ『チョムスキー入門』

自主的に選んで読破した最初の英語の本? ともあれ、時間ができたので久しぶりに本を読み終えた。

John Maher and Judy Groves. (1997). Introducing Chomsky. Totem Books.
ジョン・マーハ、ジュディ・グローヴス(芹沢京訳)(2004)『チョムスキー入門』明石出版

チョムスキーはいつか読もうと思っていた。言語学をいくらか知っているなら、ノーム・チョムスキーを知らない者はいない。書道における王羲之と言ったところか。彼は生成文法や普遍文法などを提唱し、人間は生来言語の能力を持っていると唱えた。チョムスキーの理論は現代の言語学の根幹をなしていると言ってよい。MITの名誉教授で、もう少しで84歳の誕生日を迎える。

さて初のチョムスキーとして、彼自身の手によらない著作から入るのはいささか邪道である。しかしICUの売店でこの本をめくっていたとき、チョムスキーとジョン・マーハのツーショットを見たときは、目を疑った。それは仰天した。合成かと思った。

ジョン・マーハはICUの教授で、まだ授業は受けたことはないが、2度講義を受けたことがある。たったそれだけだが、彼の深遠な学識と優しい笑顔に、学問をする者の本質を見た気がした。彼とチョムスキーのツーショットにあまりにびっくりして著者を見ると、本書は彼が書いたものらしい。それにしても、ジョン・マーハがチョムスキーと会ったことがあるだって!?

1日25ページ読めば7日で終わると思っていたが、絵が多く、私でも4日で読んだ。

2012年11月12日月曜日

五島美術館で仮名を鑑賞

先週の日曜日の4日に、ICU祭のまっただ中、世田谷の五島美術館に行ってきた。先月にほぼ2年間の改修を終えてリニューアルオープンしたばかりのこの美術館は、書道では特に仮名の古筆を多く所蔵している。今回の展覧会には、「新装開館記念名品展 時代の美」と題して名品が一挙に公開されていた。これは行くしかないと思ったわけだ。

まだ仮名は1年しか勉強しておらず、展示品の中でも「高野切第一種・第二種」、「升色紙」、「関戸本古今集」、「寸松庵色紙」、「本阿弥切」くらいしか知らなかったが、いつも本で見ているものを生で見られるのだ。予想に反して全く混んでいなかったので、まじまじと見つめていた。

本で市販されているものは一般に作品本体のところしか載っていないが、本物は美しく軸装されている。知らなかった。風格が段違いであった。

ミュージアムショップで、仮名古筆の絵葉書も5枚も買った。

目に焼き付けてきた。千年前に、誰かが書いたのだ。

2012年11月11日日曜日

ICU祭―第2回書道部作品展が終わりました

先週11月3、4日の土日のICU祭で、書道部の第2回作品展が無事終了した。準備から当日までの模様を、個人的な体験を軸に書こうと思う。

まず特筆しておくべきは、セクション(英語プログラムのクラス)の企画が無かったため、今年は書道一本で、前日と当日の忙しさが大分減った点だ。確かに今年もかなり動いたが、去年の上を下への大騒ぎと比べれば、随分楽だった。

私は今年は結構な数の作品を出したが、早いものは5月、あるいは9月頭の合宿で完成していたものが多く、そうでない作品も、2点はそれでも1週間前には書き終わり、本当に直前まで終わっていなかったのは刻字1点だけだった(この作品についてはまた後日)。つまり数の割には、制作には追われなかった。

問題はどちらかと言うと表装の方だろう。私の作品もそうだが、他のメンバーの作品が多かったり、時間の余裕が無かったりして、直前1週間はぶっ通し表装ウィークだった。毎日練習場所に行った。ただ私に関しては、凝った表装は諦めて思い切って簡素にしてしまったので、去年のように当日早朝から大学で作業ということはなかった。

さて、2日(金)午後の前日準備である。会場が3階か1階かでこうも違うのかと思い知った。去年は3階が会場で、重いパネルを運ぶだけで体力を消耗しきったのだが、今年は1階で、しかも備品の部屋に近かったので、とんでもなく楽だった。私は途中買い物に行ったりと、休む暇もなかったが、とりあえず順調に事は進み、夜8時には準備は大体になり、会場を後にした。メンバーの差し入れてくれた牛丼がうまかった。

帰宅すると、その最後まで残っていた刻字の色塗りを終わらせようと焦っていた。面相筆を使ってちまちまちまちま、延々と何時間も黒を塗る作業は、いつ気が狂ってもおかしくなかった。思ったより時間がかかり、明朝4時前まで粘った。

3時間後、起床。当日である。色塗りを鑑賞に耐えうる程度には仕上げ、ICUに行って足早に諸用を足し、また部屋に戻ってきてあたふたと準備をしていたら、両親が来た。早い…。まだ準備中だからそこで相手はしていられなかった。その後、結局いくつか中途半端なまま再び大学に。もう10時半だった。あとは会場で事務的作業をし、やっと解放されたと感じられたのは昼頃だった。シャワーを浴びる時間も無かった。

昼は、両親と中華料理を食べた。

2日目、私は午後3時近くまで大学にいなかった(このことも後日書く)が、戻ってきてからはほぼずっと会場にいて、お客さんの反応を見ていた。

会場の一角

5時過ぎから片付けが始まった。充実していたICU祭も終わりである。みんなのおかげでスムーズに終わり、展示会場は、7時前には何事も無かったかのように元の教室に戻った。非日常が日常に戻っていく感じ、私はこの感覚がかなり好きだ。

その夜、練習場所を共有している華道部の方々と、簡単に打ち上げをした。

会場が1階だったこともあり、去年より多くの方が見に来てくれた(はずだ)。反応は良好で、成功だった。あの忙しい中、みんなよく間に合わせたなあと思う。来年以降のさらなる飛躍を願う。