記憶、サヴァン、神経心理学研究の金字塔:「偉大な記憶力の物語」

大変長らく積ん読本であった。3分の1弱を3月にタイへ行く飛行機の中で読んだが、残りをこの10日くらいで読んだ。(遅すぎ…。)ルリヤの「偉大な記憶力の物語」である。

記憶、サヴァン、神経心理学などを語る上で、本書は金字塔だ。(ただ、本書にサヴァンという言葉は使われていない。)なぜならば、著者ルリヤは神経心理学の祖。そして本書の主人公は並外れた記憶力の持ち主、忘却を知らない男なのであるから。

A. R. Luria. The Mind of a Mnemonist: A Little Book about a Vast Memory. 1968.
A・R・ルリヤ(天野清訳)(2010)『偉大な記憶力の物語――ある記憶術者の精神生活』岩波書店



ルリヤにより約30年にわたる研究が行われたその男、シィー(本名、ソロモン・シェレシェフスキー)は、その強烈な共感覚を使って、生まれてから見たもの聞いたものの一切、文字通りありとあらゆるもの、すべてを記憶した。そして、それを決して忘れることはなかった。(正確には、強く意識しなければ忘れられかった。)彼の内なる世界は、彼の知力、意志、人格をして、私たちのそれとは根本的に異ならしめていた。

本書は科学論文とは少し趣を異にし、シィーの記憶力と記憶の過程の記録に留まらず、彼の人となりの記述も試みられているのである。このスタイルは、オリバー・サックスを彷彿させる。事実、サックスの著作には何回もルリヤの名前が出てきており。影響を受けていることが伺える。

ロシア語原著は1968年刊行。文体も、論文とは程遠く、何とも修辞的である。格調高い文学作品を読むようでもある。

邦訳は、1983年に文一総合出版から刊行されたが、私が本書を知った当時、絶版、品切れ、図書館にも無し。しかし、2010年、改訳と訳注の追加を経て、この岩波現代文庫として復刊し、今こうして読むことができる。

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